0721 夏
彼は煙草を吸っていた。もうすぐそこまできている夏の、むせてしまいそうなほどの濃いにおいを掻き消すように、彼の口から出るけむりはわたしを包んだ。
「君は吸わないの」
微笑む彼の本心はいつも見えない。陽炎のようにゆらゆらとして見えるのは、白いけむりに隠されているからだろうか。見たいとも思わない。蝕まれて行く彼を、美しいとさえ感じてしまう。
彼は優しかった。その優しさが怖かった。時々見せる、空を睨むような顔を、わたしは知っていた。
「君はこんなの吸わなくていいよ」
無垢なわたしを好きだと言った彼は、わたしがどれほど穢れているか、知らなかったわけではないだろう。彼の優しさは、そういう優しさだった。
夏の夜、時々思い出してしまうのだ。
彼は煙草を吸っていた。